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せり上がる女

 

ことの顛末は彼女の一回目の結婚式まで遡る。

 

学生時代の彼女はどちらかというと目立つようなタイプではなく、教室の隅っこで本を読んでいるような物静かな子だったことを記憶している。社会のレールを踏み外すようなこともなく、大学を卒業後は地元の企業で事務職員として就職をしていたらしい。

 

 

ただ家が近所で家族同士での付き合いがあったという理由で1回目の結婚式に呼ばれ、その時に彼女は初めてせりあがった。

その際の彼女の表情は印象に残った。顔が紅潮しておりとてつもない高揚感に襲われているような、幸せの絶頂を噛み締めているような、そんな印象を受けた。

ただその後の式典ではどこか上の空。何をしても虚ろな表情をしていたことを憶えている。今思えばこのせり上がりが彼女を狂わしたターニングポイントだったのかもしれない。

 

程なくして彼女は1回目の離婚を決断した。

 

 

 

 

 

 

半年程経った頃、2回目の結婚式の招待状が届いた。その当時、まだ彼女に再婚の意思があったことに驚いた。相手は彼女よりも一回り年をとった中年男性で、以前の男性とはだいぶ毛色の違う男性を選んだのだなぁと当時は感じたものだ。

 

式場に人も集まり、突然会場の照明が暗転する。

司会を担当している女性が一言。「それでは、新郎新婦の入場です。

 

 

その言葉の後、何かの機械音だけが静かな会場に響き渡り、新郎新婦が顔を出す。

またせり上がってきた。

単純にそう思った。

その時の彼女が浮かべた幸せに満ち足りたような表情は、その場にいた全ての人に強い印象を与えた。幸せの絶頂にいるであろう彼女を心から大いに祝福した。

しかし、それは彼女がこれから先に起こり得る輝かしい未来や幸せを見据えた表情ではないということを僕たちはまだ知らなかった。

 

その後彼女は新郎を置き去りにし、式の流れなど関係なしに個人的に二連続でせり上がり、

 

 

お色直し後にも流れ関係なしにせり上がり計3回はその式典でせりあがった。

訝しげな表情で暴走した妻を見つめる新郎だったが、寛容な心でこれからの人生を共にする伴侶の奇行を受け入れた。

ただ、式も終盤に差し掛かるにつれ彼女の表情には暗雲が立ち込めていき、遂には新郎の親友が歌う長渕剛の「乾杯」のサビ前部分で退席してしまうのだった。練習してきたであろうギターが虚しく響いた。

 

程なくして2回目の離婚の知らせが届いた。

 

 

 

 

 

 

 

3回目の式典にも僕は参加した。その後彼女がどういった生活をしていたか知らないが、招待状が届くまでに時間はかからなかった。この頃から明らかに異常だと違和感を感じ始めたが、興味本位で式典には参加し続けることにしていた。3回目の結婚式時点ですでに彼女の親族や友人の姿は見当たらくなり、親に勘当されていたことが容易に想像できた。

 

会場の照明が暗転し、司会の「新郎新婦の入場です!」の言葉で以前のようにせり上がってきた。

 

 

その時に初めて確認したのだが、新郎はやせ細ったヨボヨボのお爺さんで、彼女が彼に好意がないだろうということは明確に推測できた。その立つことがやっとな新郎と一緒に彼女は天井付近までせり上がるが、その後…

 

 

 

 

一種のアトラクションのように、猛スピードで上下にせり上がり会場を騒然とさせる。

 

この一連の流れを狂ったように約30分ほど行い、台座が動かなくなった途端に彼女は会場を後にした。式場の人々が困惑している中、残された新郎は腰砕けになり、せり上がりループの際には老人新郎の助けてくれええ!!!という叫び声や嗚咽が式場に響き渡った。許容できる範疇を超えた上下の動きによる振動で足が震えてうずくまっているおじいちゃん新郎のことを彼女は何とも思っていないのだろうか?

 

 

 

やっとの思いで壇上から降りた老人新郎は皮膚がシンプソンズくらい黄色くなっていた。隅のほうで静かに横たわるおじいちゃん新郎のことを彼女は何とも思っていないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼女は何度も何度も相手を変えてはせり上がり、

 

時にはせり下がったり、

 

またせり上がったりしていた。

彼女から来る招待状に返信しては、式典に赴いて彼女の上下運動を観察するという奇妙な生活を繰り返していたが、とうとうその本人から個人的に連絡が来た。

「一度、会いませんか…?」と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、僕にその毒牙が回るのは想定していた。

 

もしかしたら彼女からアプローチが来て、婚約をせびられ狂ったようにせり上がり、しまいには何事もなかったかのように見捨てられるのかな…と。

しかし、彼女はこちらの意表をつくような言葉を放った。

「あなたには婚約をせびらない。代わりに一緒になって出場してほしい大会があるの。」

 

 

 

 

 

 

 

そして今、僕たちは漫才の最高峰の大会、M-1グランプリのせりあがりをせり上がった。

 

あの聞きなじみのある出囃子の中で、緊張と高揚感が高まるこのせり上がりを経験した。

 

しかし、彼女は何が不服だったのか、「こんなものか。」と子声でボソッと言い放ち、せり上がった瞬間にまっちゃんの前を横切りそのまま去っていった。

一瞬で頭の中が真っ白になった。

「え???」

視線を横にやると今田耕司が目を見開き凝然としている。客席も困惑し辺りがざわつき始める。審査員席のほうに目をやり、まっちゃんがこちらを睨んでいるのを確認する。ディレクターが彼女を追っていったのが見えた。怒号が響き渡る。山田邦子の開いた口がいつまでも塞がらない。

 

そして今。みんなが僕を見ている。それは今、僕がその視野に入れている人だけではないということを理解している。大勢の人が電波を通じて僕を僕を見ている。どうしてくれるのか。

 

家族にだって今日のことを連絡しているのに、親戚一同、寿司をつまみながら僕を応援してくれているとさっきメッセージがあったばかりなのに。それで僕は一人で何も言えず佇むだけだ。最悪だ。やっと親孝行できると思っていたのに全てが台無しだ。連絡をとっていなかった友人や先輩にも労いの言葉を貰ったのに、「優勝してきます!」と意気揚々に叫んだ僕はバカみたいじゃないか。彼女だってみているんだぞ。こんなにも辱めを受けてる僕をきっと見捨てるに違いない。ふざけるなどうしてくれるのか。

 

 

 

僕は、僕は一体この後どうすればいいのだろうか?

 

  

 

~終~

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この記事を書いた人

毎日働きながらぜいぜい言って記事書いてます!趣味はTikTokでだんじり祭りの事故動画を見ることです!!!